philosophy
🌿 TAP & WIND の 10 の問い
正しさより、大切にしたいのは問いかけ。
ここにあるのは“答え”ではなく、
日々の現場で確かめ続けるための10の問いです。
学びと問いの軌跡
―― 音・ものづくり・人との関わりの中で ――
音楽やものづくりの背景には、長いあいだ積み重ねてきた“問い”があります。
それは単なる趣味や思想ではなく、現実の中で出会った人々や出来事から生まれたものです。
Ⅰ.学びの原点
学生の頃には、ニコラス・ルーマンやベネディクト・アンダーソン、芦部信喜や樋口陽一の憲法、岡部達美の国際政治学、見田宗介の社会学などを通して、社会の仕組みと人の関係を学びました。
社会に出ると、底辺の製造業の過酷さ、自殺する人の現実、障害者の困窮、被災地の痛み、原発事故の現場、難病、震災の記憶、市民運動の葛藤、コロナ禍、高齢者社会、発達特性の問題、社会のストレスによる精神疾患――。
理論だけでは届かない、重い現実がそこにありました。
Ⅱ.音と息のはじまり
そうした現実と向き合う中で、自分の中に「息が詰まるような感覚」が残りました。
ケーナを吹くようになったのは、その息を外に出すためだったのかもしれません。
音を出すことが、言葉では届かない現実と向き合う方法になっていきました。
Ⅲ.手と素材との対話
同じころ、手を動かして木を削り、竹を磨き、笛や小さな楽器をつくるようになりました。
ものづくりは、思考とは別の次元で世界と関わる行為でした。
素材の手触りや香り、形を生み出す過程の中に、生きものや自然とつながる感覚がありました。
やがて、息と音、手と素材――その両方の経験が結びついていきます。
Ⅳ.思想との出会い
その延長で、禅や道教、古武術、宮沢賢治の世界観にも自然と関心が広がりました。
「心」と「身体」と「自然」がどうつながっているのか。
その問いを、音と手仕事を通して考えるようになりました。
南方熊楠の「森羅相通」という考えにも共鳴しました。
森の一葉の中にも宇宙の理があり、すべてが関係し合っているという思想です。
音と木、息と風、人と社会――どれも別々ではなく、ひとつの流れの中にある。
その感覚が、自分の表現活動の根になっています。
Ⅴ.現場での学び
現在は、児童指導員として、発達に特性をもつ子どもたちと日々を過ごしています。
彼らと関わる中で、ホイジンガーが語った「人間は遊ぶ存在である」という言葉を、現場の中で確かめる日々です。
子どもたちは、遊びの中で自然に学び、音を通して他者とつながる力を持っています。
その姿に、人が生きることの本質――「遊び」「学び」「祈り」の重なりを感じます。
Ⅵ.TAP & WIND へ
この体験は、やがて TAP & WIND の活動へとつながっていきました。
木と音と人を結び、手を動かしながら学ぶというスタイル。
それは、遊びを通して世界と向き合う“ホモ・ルーデンス”の延長でもあります。
音を出すこと、つくること、問い続けること。
そのすべてが、自分にとっての“生きる実験”であり、“学びの道”です。
Ⅶ.これからの問い
TAP & WIND の活動は、音楽・ものづくり・教育・福祉など、さまざまな現場を行き来しながら育ってきました。
この 「10の問い」 は、その歩みの中で出会った人や出来事、そして自らの経験から感じ取ったものです。
きれいに整えた理念ではなく、迷いや試行錯誤の先で見えてきた“実感”のかたち。
だからこそ、答えを示すものではなく、日々の中で確かめ続けるための小さな指針です。
これらの問いにまつわるエピソードや気づきは、体験哲学ブログにて随時ご紹介していきます。
子どもが叩くリズムに合わせ、あえて何も教えず一緒に手を動かす。
病院のベッドサイドで、わずかに反応した呼吸の変化に耳を澄ます。
叩く強さを競うより、木の音の違いを笑い合う時間をつくる。
竹笛を作ってすぐ吹いてみる。工作がそのまま音楽になる瞬間。
福祉施設で作ったリンバージャックを、子どもたちと一緒に演奏する。
震災の跡地でケーナを吹く。聴く人がいなくても風が答えてくれる。
森の中で演奏し、風が止んだら音も止める。流れにまかせる。
予定通り進まないワークショップで、子どもの自由な発想に救われる。
公園で偶然出会った親子とセッションが始まり、そのまま次の企画に。
誰も見ていない日も、木を削り、笛を吹く。その積み重ねを大切に。

