楽器紹介

― サンポーニャ ―

🌬 サンポーニャとは

サンポーニャは、南アメリカのアンデス山地で生まれた笛です。
竹やアシの管を何本もならべて作られていて、交互に吹くことでメロディを作ります。

昔のアンデスでは、ふたりで息を合わせて吹くのが伝統でした。
一人が「アラ」、もう一人が「イラ」を担当し、交代で音を出すことでひとつの曲が完成します。

そのため、サンポーニャは「ひとりでは鳴らない笛」――
**“共に生きる音”**をあらわす楽器といわれています。

今では世界中で愛され、「風と人をつなぐ笛」としてフォルクローレ音楽などでも広く使われています。

名称未設定のデザイン (5)

🌿サンポーニャの歴史と由来

① とてもむかし ― プレ・インカ時代(紀元前〜15世紀)

サンポーニャのはじまりは、とても古い時代にさかのぼります。
インカ帝国ができる前の、**ティワナク文化(ボリビアの高原)**や**ナスカ文明(ペルーの海辺)**のころです。

そのころの遺跡(いせき)からは、**粘土(ねんど)や石、アシのくき(トトラ)**で作られた、たくさんの管(くだ)がならんだ笛が見つかっています。

もうすでに「何本もの管をならべて音を出す」という、サンポーニャの基本の形ができていたのです。

これは、世界の中でもとても古い「パンパイプ(管をならべた笛)」の一つといわれています。

② インカ帝国の時代(15〜16世紀)

インカの人たちは、サンポーニャをとても大切にしていました。
おまつりや祈りの場、そして**農耕祭(作物の成長を祈るおまつり)**などで、
風や精霊(せいれい)の声をあらわす笛として使われていました。

おもしろいのは、サンポーニャは二人でいっしょに吹く笛だったことです。

一人が「アラ(奇数の管)」、もう一人が「イラ(偶数の管)」を吹き、
交代で音を出すことで、はじめてメロディが完成します。

つまり、サンポーニャは「一人では音楽にならない笛」。
ふたりが息を合わせることで、音が生まれるのです。

これはアンデスの「みんなで支えあって生きる」考え方――
共同体の心をあらわしています。

③ スペインの人が来た時代(16〜19世紀)

16世紀になると、スペインの人たちがアンデスにやってきて、土地や文化をおさめるようになりました(植民地の時代)。

アンデスの音楽は制限されましたが、人びとはサンポーニャの音をまもり続けました。

このころ、西洋の音楽(ドレミの音階やハーモニー)が伝わり、サンポーニャの音も少しずつ変化していきます。

大きさのちがう笛――チュリ、マルタ、サンカなど――が作られ、たくさんの人がいっしょに吹く**アンサンブル(シークス)**の文化が生まれました。

④ 20世紀 ― 世界に広がるサンポーニャ

20世紀になると、サンポーニャはアンデスのまつりや民俗舞踊(みんぞくぶよう)といっしょに、国の文化として見直されました。

ペルー、ボリビア、エクアドルなどでは、国民的な楽器として学校やおまつりでも使われるようになりました。

そして1970年代、サイモン&ガーファンクルが歌った「コンドルは飛んで行く(El Cóndor Pasa)」 が世界で大ヒット。
その音色とともに、サンポーニャは「アンデスの風の音」として知られるようになります。

日本でもフォルクローレ(南米の民俗音楽)の人気が高まり、サンポーニャやケーナを吹く人が増えていきました。

⑤ いまのサンポーニャ ― つながりの音

いまのサンポーニャは、昔のままの形をのこしながらも、竹や金属、リードなどさまざまな素材で作られるようになりました。

音楽だけでなく、呼吸(こきゅう)やリズムを学ぶ道具として、学校やアートの場でも使われています。

サンポーニャのいちばん大切な考え方は、「二人でひとつの音をつくる」こと。

おたがいの息を聞き合いながら吹くことで、音が重なり、心がつながっていきます。
それはまるで、自然と人がいっしょに生きているような音楽です。

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🌿 名前の由来

「サンポーニャ(Zampoña)」という名前は、スペイン語からきた言葉です

そのもとになった言葉は、古いスペイン語の「シンフォニア(symphonia)」。
意味は「いっしょに響く」「調和(ちょうわ)」というものです。

つまり、「サンポーニャ=共に響くもの」。

また、アンデスの人たちの言葉では、
ケチュア語で「シク(Siku)」、アイマラ語で「アンタラ(Antara)」と呼ばれます。
シクには「風」「息」「順番に吹くもの」という意味があり、
まさにサンポーニャの特徴そのものです。