楽器紹介

― 虚無僧尺八―

🎋 虚無僧(こむそう)と尺八(しゃくはち)とは

むかしの日本には、「虚無僧(こむそう)」とよばれるお坊さんがいました。
彼らはお寺の中にこもらず、町や山を歩きながら、**竹でできた笛「尺八(しゃくはち)」**を吹いて修行をしていました。

この笛を吹くことが、そのまま心をととのえる修行だったのです。
これを「吹禅(すいぜん)」といいます。。

「禅(ぜん)」の教えでは、神さまのような存在に祈るのではなく、
自分の心を静かに見つめ、今この瞬間を感じることが大切だとされています。
虚無僧たちは、息を吹くことで心を整え、
音の中で自分と自然がひとつになる感覚を大事にしていました。

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🪷 虚無僧笠(こむそうがさ)の意味

虚無僧がかぶっていたのは、顔がすっぽりかくれるほど深い竹の笠です。
これを「虚無僧笠(こむそうがさ)」といいます。

この笠には、いくつかの大切な意味がありました。

自分という意識を小さくするため
 顔をかくすことで、「自分がうまい」「人に見せたい」という気持ちをなくします。

心を静かに保つため
 外の景色や人の目をさえぎり、笛と呼吸に集中できるようにします。

人のちがいをなくすため
 身分やお金もち・びんぼうなど関係なく、みんな同じ姿で歩くことができます。

つまり、笠は「心を平らにして、自然の中のひとつになる」ための道具でした。
笠の中で息をととのえながら笛を吹く姿は、まるで風と一体になっているようでした。

🕊 虚無僧尺八の歴史と由来

虚無僧の始まりは、今から700年以上前の日本です。
もとをたどると、中国の「普化禅(ふけぜん)」というお坊さんの教えがありました。
その教えでは、「音」や「呼吸」を通して心をととのえることが大切にされていました。

日本ではこの教えをもとに「普化宗(ふけしゅう)」という宗派が生まれ、
そこにいたお坊さんたちが、竹の笛・尺八を吹いて修行を行いました。
これが虚無僧のはじまりです。

江戸時代になると、笠をかぶった虚無僧が全国を歩いて修行を行い、
人々はその音を「心が落ちつく音」として親しみました。

🎶 虚無僧尺八とふつうの尺八のちがい

同じ「尺八」でも、虚無僧尺八と今の音楽用の尺八では、作り方や使い方がちがいます。

このころ、西洋の音楽(ドレミの音階やハーモニー)が伝わり、サンポーニャの音も少しずつ変化していきます。

比べるところ虚無僧尺八現代の尺八
目的心をととのえる禅の修行音楽や演奏のため
吹き方呼吸を意識し、静かに吹く音階や曲をはっきり吹く
作り自然の竹をそのまま使用(ごつごつ)中を削って音を調整(なめらか)
音の特徴深く静かな音、息の響き明るく安定した音、音楽的
意味自然と心の一体感をあらわす人の心を動かす芸術

虚無僧尺八は「自然のまま」「無心」で吹く笛、
現代の尺八は「人の技」で美しい音を表現する笛。
どちらも大切ですが、目的と心の向け方がちがいます。

☯️ 禅と虚無僧のこころ

禅では、「神さまが世界を作った」とは考えません。
かわりに、すべてのいのちや自然がつながって生きていると考えます。

虚無僧が笛を吹くのも、
神にお願いするためではなく、
自分の心を自然の流れに合わせるためでした。

息を吸い、音を出し、また風に返す。
そのくり返しの中で、「自分も世界の一部なんだ」と感じる――
それが、禅の心であり、虚無僧の笛の音の意味だったのです。

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🎋尺八の大きな変化 ― 修行の笛から音楽の笛へ ―

むかし、尺八(しゃくはち)は「虚無僧(こむそう)」というお坊さんたちが、
心をととのえるために吹いていた禅の修行の笛でした。

けれども明治時代になると、虚無僧の活動がなくなり、
尺八は音楽を楽しむための楽器として新しく生まれ変わりました。

それまでの尺八は「心の静けさを求める音」でしたが、
明治以降は「人に伝える音」「美しい音を奏でる楽器」になったのです。
今の尺八の音の中にも、むかしの静かな心の響きが、そっと生きつづけています。